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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)97号の1 判決

東京都台東区今戸二丁目二番一一号

原告

浅草商工会

右代表者会長

丸田喜三郎

右訴訟代理人弁護士

池田輝孝

宇津泰親

田中富雄

福地明人

白石光征

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右訴訟代理人弁護士

島村芳見

右指定代理人

佐藤恭一

石塚四郎

中川昌泰

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五万円及びこれに対する昭和四三年七月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、東京都台東区内の中小商工業者を会員として中小商工業者の地位の伸長、商権の確立及び生活の向上をめざすため昭和二四年一〇月に結成された団体で、いわゆる権利能力なき社団であり、憲法第二一条の保障する結社にあたる。なお、原告は、昭和二六年全国商工団体連合会(以下「全商連」という。)の結成と同時に加盟し、現在に至っている。そして、結成以来一貫して、右目的を達成するため、税制改革及び税務行政民主化の要求(事前連絡の確立、調査内容の明示等)、経営、金融面における諸活動並びに平和と民主主義を守る諸運動を積極的に展開してきた。

2  不法行為に至る経緯

原告は、結成以来一〇数年間税務当局とは極めて友好的な関係にあり、例えば、原告会員の税務調査に際しては必ず事前に本人又は原告事務局に通知があり、原告事務局員の税務調査に対する立会いもむしろ歓迎されていたし、税務調査後もいきなり更正をせず、納税者とよく話し合うという取扱いがされていたのである。

しかるに、昭和三八年五月頃当時の国税庁長官木村秀弘(以下「木村長官」という。)の民商会員に対しては徹底的な調査をすべきであるとの指示に基づき、東京国税局が同局管内の各税務署長に対し、民商事務局員や同会員の立会いを排除し、調査の事前通知は行わないなどを指示した通達を発したため、原告に対する浅草税務署員の姿勢も昭和三八、三九年頃から事前通知をしなくなり、立会も拒み、立会いがあれば調査もせずに帰っていきなり反面調査にかかるというような一八〇度の転回をみせたのであるが、これは、明らかに原告側の姿勢の変更に基づくものではなく、税務署側の方針、姿勢の変更であった。このような税務署と原告との関係の悪化は、それが前記木村長官の指示に端を発したものであるため、浅草税務署と原告との関係だけに限らず、全国的な現象であったのであり、ときあたかも原告の所属する全商連の会員倍加運動が結実せんとする矢先であった。

3  不法行為

(一) 文書送付

浅草税務署長は、原告のほとんどの会員宛に昭和四一年二月二五日頃別紙一記載の文書(以下「本件第一文書」という。)を、同四二年二月二八日頃には同二記載の文書(以下「本件第二文書」といい、本件第一、第二各文書を一括して「本件各文書」という。)をそれぞれ送付した。

右第一文書は、まず原告が前後の関連から税理士法に違反しているかのような表現を用い、次に原告の事務局員等が調査の引き延ばしや嫌がらせを行ったと全く事実でないことを書きたてて、原告を反税的行為をする団体かのように、中傷して、「このような事情から」原告事務局員等の立会いを認めない方針だとし、浅草税務署と原告との間での税務調査についての慣行を一方的に破り、故意に原告の事務局員と会員の間を引き裂こうとし、暗に原告からの脱会を示唆している。さらに、第二文書も、あたかも原告の会員や事務局員が他税務署管内に起こった「暴行事件」(しかも刑事事件として未確定のものである。)と同じような「法律の秩序を乱す行為」をしているかの如く印象づけようとして、原告から会員の離反をねらって作成された文書にほかならない。このように、本件各文書は、原告の組織を揺さぶり、その破壊ないし弱体化と原告の社会的評価及び名誉を著しく侵害することを意図したものであり、その大量送付行為は、原告の結社としての権利(結社権及び名誉権)を侵害する違憲(憲法第二一条違反)、違法な行為である。

(二) 脱会工作等

浅草税務署長及び同署員は、昭和四〇年八月頃から同四二年一一月頃までの間に、いずれも原告会員に対し、例えば次のような違法な脱会工作や調査等を行った。

(1) 昭和四〇年八月頃から秋にかけて、神木イ弋、田中功及び当時原告の役員であった斉藤隆に直接又はその取引先に対し、もし民商をやめれば調査に手心を加えてやるがやめなければ徹底して調査するとか、店をつぶしてやるなどと暴言を吐き、同人らの脱会を半強制し、その結果右神木及び斉藤は脱会した。

(2) 同じ頃、大島英一、田中俊郎のそれぞれの取引先に対し、強力かつ執拗な調査を行ってその取引先を失わせ、右田中の近所の電気器具店や酒屋にまで行って、本来私生活に属することまで調査をして田中の名誉を侵害した。同年一〇月頃、高橋清郎本人についてはほとんど調査もせずに反面調査に移り、民商に入っているのを知っているか等調査に関係のないことを言い触らして、ついには原告から脱会させた。同四一年八月及び同四二年三月、辰馬喜三郎が肺結核のため満足に仕事ができない状態にあることを知りながら、また只内徳一が赤字倒産をしているにもかかわらず、調査らしい調査もせず、同人らに対しそれぞれ誤った高額の更正をした。昭和四一年八月には山口好雄に対し、所得税の調査ではないと欺いて実質的な調査を行い、同四二年六月には明石光夫に対し、同人が調査を拒否していないにもかかわらず、実質的な臨店調査を一回も行うことなく反面調査のみによって、それぞれ誤った高額の更正をした。同年八月頃には田中徳次郎に対し、同人が調査を拒否していないにもかかわらず、いきなり反面調査をしたため、同人は原告を脱会していった。さらに、同年一一月青色申告の承認を受けていた清水吉一に対し、帳簿が存在するにもかかわらず、青色申告の承認を取り消し、さらに白色申告に対し更正をした。

右(1)のような直接的な脱会工作が違憲違法であることはもちろんであるが、その他の場合も、その裏の目的は、原告の組織破壊ないし弱体化にあったことは明白である。すなわち、そもそも納税者の申告によって税額を確定すべき申告納税制度の原則を覆して、国が例外的な確定方式である更正、決定を行うために質問検査権を行使するに際しては、その要件としてそれ相当の合理的根拠ないし必然性がなければならないところ、右各事例は、それ相当の合理的根拠も必然性もなく納税者に対し質問検査に応ずることを要求し、または調査日時の変更を求められたりするだけで調査拒否と判断し、直ちに反面調査をして高額な更正をかけるというものであった。それはもはや調査対象者をその申告の是非に関係なく原告の会員であるというだけで選定し(浅草税務署では原告の会員には〈民〉の符号をつけて非会員と区別していた。)、かつ、従来原告と浅草税務署との間で確立されていた申告納税制度を円満にさせるための事前通知や立会い及び話し合い等の慣行を一方的に破壊し、強圧的、権力的な態様で調査をし、原告会員の営業活動の自由や生活上の平穏等を著しく侵害するもので、原告会員に対し、会員であることについて不安、動揺を与え、疑念を起こさせ、不利益待遇を予想させて原告からの脱会を図ったものにほかならない。このように、浅草税務署は、所得税の調査に名を借りて、多数の原告会員に対し、系統的、意識的に組織破壊を目的とした直接の脱会工作、或は取引先を利用しての巧妙な脱会工作や原告に対する誹謗、中傷を行い、かつ、一方的な反面調査によるいい加減な更正を乱発したのである。

4  被告の責任

被告の公権力の行使にあたる公務員である志場東京国税局長並びに浅草税務署長児玉円治及び同堀敏夫がその職務を行うについて出した指示に基づく前記文書送付及び脱会工作等の一連の行為は、専ら原告の組織の破壊ないし弱体化を意図し、かつ、右文書は、原告の名誉権の侵害をも意図して送付されたものであるから、同人らの故意は明らかである。仮にそうでないとしても、同人らには結社権及び名誉権の侵害について少なくとも過失がある。

5  損害

前記文書送付及び脱会工作等により原告の結社の自由が侵害され、昭和三九年当時は九〇〇名近くいた会員が同四一年の終りから同四二年にかけては六〇〇名を割るところまで激減し、かつ、前記文書送付により、原告の社会的評価、名誉を著しく毀損され、物心両面にわたり多大の損害を被ったが、右損害を金銭に見積れば金一五万円を相当とする。

6  よって、原告は、被告に対し、右損害金一五万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四三年七月一九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が中小商工業者の団体であることは認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実のうち、昭和三八年五月頃木村長官が通達を発したことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実について(一)のうち、浅草税務署長が原告主張の日付に一部の納税者に対し本件各文書を送付したことは認めるが、その余は争う。(二)は争う。

4  同4は争う。

5  同5の事実のうち、原告の会員数及びこれが減少したことは知らない。その余は争う。

三  被告の主張

1  本件各文書の送付等の背景

(一) 原告は、民主商工会の全国組織である全商連に所属する団体であるところ、全商連は独立自営業者を通じて税務行政の民主化と税制改革をはかることを旗印として、税務相談、記帳代行、金融斡旋、法律相談などの業務を行っている。そして、その傘下の数多くの民商においては、程度の差こそあれ実際には自主申告を貫くとの名の下に、例えば〈1〉集団で抗議に押し掛けて税務当局に圧力を加え、〈2〉税務職員が税務調査に臨戸した場合に調査を拒否又は忌避し、或いは民商事務局員や他の会員が多人数で税務職員を取り囲んで調査を妨害し、または〈3〉全商連新聞をはじめ各民商の機関紙によって一般の納税者に対し国民の正しい申告納税と税務行政の適正な執行について誤解を与えるような見解を流布するなどして、組織的に税務の執行を妨害し、会員の税を不当に軽減することにその活動が指向されている。そして、このような民商の集団による威圧、税務調査の妨害等が執拗に繰り返され、質問検査権の行使、立会権をめぐる紛議や混乱が多発し、税務調査が極めて困難かつ不快となるため税務職員が会員に対する調査を中途半端にして打ち切ったり、敬遠するような傾向が生じる一方、会員の課税水準の低下という事態が生じた。こうした状態は、税法の定める質問検査権を死文化させ、民商会員と一般納税者との間の課税上の不均衡を生じさせるばかりではなく、このような傾向が一般の誠実な納税者に対し、税務当局が民商の圧力に屈服したかのような印象を与え、これがひいては一般の納税思想を誤らす原因となりかねなかった。

そこで、昭和三八年五月頃、当時の木村長官は、右事態に対処するため、各国税局長宛に民商会員に対する税務調査に関し、〈1〉租税の公平確実な負担を図るため税務調査に当たってはたとえ調査の妨害や嫌がらせ等にあってもこれがためいやしくも中途半端な点で調査を打ち切るようなことをせず、調査の目的を達成する、〈2〉納税者の協力が得られない場合においては反面調査を行って課税資料を収集する、〈3〉調査に際しては民商の事務局員若しくは役員又は会員の立会いは原則としてこれを拒絶する、との内容を通達した。木村長官が右通達を出すに至った背景は前記のとおりであり、また、その内容も国税庁長官として管下税務職員に対しその職務執行上の心得を指示したものであって、殊更民商を不法不当に弾圧する目的ないしは政治目的で出されたものではなく、その他木村長官が民商会員に対する脱会工作を命じたり指揮したこともなかった。

(二) 原告は、本件各文書送付前、税務調査等に対し、例えば次のような非協力行為をしていた。

(1) 浅草税務署所部係官が所得税調査又は異議申立ての審理のため原告の会員森島茂方(昭和四〇年八月)、同田中俊郎方(同、昭和四一年六月)、同山口好雄方(同年八月)、同田中益治方(同)及び同大島英一の取引先(同)にそれぞれ臨店したところ、本人が「現在浅草税務署池田信一君が調査中ですから急用の仕事は引受けられません」との貼紙などをして嫌がらせをしたほか、原告の役員、事務局員ないしは会員が多数調査の立会いを要求し、係官を取り囲んで、反面調査は営業妨害だ、反面調査はやめろ、更正の理由を明らかにしろ、などと口々に抗議して税務調査を妨害し、調査続行を不可能ならしめたりした。

(2) 浅草税務署所部係官が、原告の会員加藤浩左(昭和四〇年八月)、同佐藤喜成(同年一〇月)、同山口好雄(昭和四一年八月)に対する所得税調査において、その必要性に基づき反面調査をしたところ、本人又は原告事務局員が右係官に対し、得意先調査をやめなければ事務局としても特別の対応措置を取るぞ、今度会ったらただではおかないぞ、数十人で税務署に押し掛けて吊し上げるぞ、などと嫌がらせないしは強迫的言辞をろうした。

(3) 原告は、昭和四〇年八月から同四一年一二月まで五回にわたり役員、事務局員及び会員が多い時には四五名にも及ぶ多数で浅草税務署に押し掛け、署長面会を要求し、署長はほんとうにいないのか、納税者が来てるのに逃げるのか、反面調査はやめろ、更正の理由を明らかにしろ、などと口々に大声で抗議したため、税務署の事務室内は喧噪を極め、長い時には約二時間にもわたり執務停止に陥らせた。

(4) 原告は昭和四〇年一〇月から同四一年一〇月まで四回にわたり、ビラ、機関紙などで浅草税務署があたかも納税者の権利を無視したり、納税者に挑戦しているかのような事実に反することを悪宣伝した。

(三) 一般に民商会員の申告水準はほかの一般納税者のそれに比し相当低く、これを是正して適正な申告水準を確保するために、今後の申告に当たっては、各会員と個別に接触し、適正な所得計算に基づく申告をなすよう相談指導を行う必要があった。しかるに、原告にあっては、毎年三月一五日の確定申告書提出期限の直前において、集団申告ないしは一括提出と称して原告の役員、事務局員及び会員が集団で来署し、或いはこれらの者が他人の申告書を何通も携行して一括して提出することを常例としており、かつ、これらの申告書には、通常所得金額のみの記載しかなく、必要書類の添付もなされていなかった。したがって、浅草税務署長には、まず、右一括提出等に係る申告書の作成等につき原告事務局等によって指導ないしは作成がされている場合には税理士法違反の疑いが生ずることを指摘して注意を喚起する必要があり、次に狭い庁舎の収容能力からみても 申告期末期の原告会員らの集団申告ないしは一括提出を円滑に処理しうるような状況ではなかったことから、会員に対し、集団申告ないしは一括提出の方法によることなく会員自ら個別に来署して申告相談を行うよう協力を要請する必要があったのである。

2  本件各文書送付の正当性

右のように、昭和四〇年八月以降の税務調査の段階から、原告の税務調査への立会いや妨害又は誹謗等の行為が非常に激しくなり、税務行政の執行面において適正な税務の運営が阻害され、ひいては公平な課税の実現を期することができなくなることが危惧され、のみならず、浅草税務署内部にあっても右のような現場に直面する職員の士気にも影響がみられる事態となったため、浅草税務署長は、確定申告の時期を控えて原告会員が浅草税務署へ出向き適正な申告をするよう協力を依頼する目的ないし趣旨をもって本件各文書を送付したものである。

ところで、税務署長は、国税の賦課、徴収を主たる職責とするものである(大蔵省設置法第四条、第二八条、第四七条各参照)ところ、右職責上からして、税務行政の適正円滑な運営を図るため、その妨害を排除することはもとより、税務行政の運営についての税務当局の立場及び法令の解釈等を示して納税者の理解を深めること等の諸措置を講ずることもその権限に属するものということができ、また、税務署長が必要に応じて納税者に信書を送付することも右措置の一つに含まれる。そして、その広報媒体として信書を用いたのは、確定申告の時機をとらえて一時に対象者のみに正確にその内容の周知を図るためであり、右対象者を会員に限ったのは、一般納税者にまで周知させる必要がなかったからであって、妥当な手段であったというべきである。

さらに、本件各文書の送付は、前記の必要性、目的を充足するために行われ、右目的に沿う内容の文面であって、これらが原告のいうような意図によるものということはできないし、右文面は事実に基づき作成されたものであって、原告が主張するような虚偽宣伝ではない。

3  脱会工作等

原告は、原告会員に対し原告の組織破壊等を目的とした違法な脱会工作や調査、更正が行われたと主張するが、浅草税務署所部係官が原告の主張するような脱会工作を行ったことはなく、原告主張の所得税調査等は、いずれも適法かつ妥当に行われ、かつ、一般納税者に対するものとその方法、態様において何ら異なるものではない。さらに、更正も、過少申告の疑い等その必要性があって調査し、その結果過少申告と認められたので更正がされたものであって、各調査、更正等は適法に行われたものである。

なお、原告の会員田中俊郎に対する異議申立てについての調査において、担当係官が電機器具店や酒店を反面調査した事実はあるが、これは同会員が得意先から受領した小切手がこれらの反面調査先に回っていたためである。

4  損害

(一) 原告は、結社権が侵害され、会員数が減少したと主張する。

しかしながら、本件訴訟の提起(昭和四三年六月一三日)直後に発行された原告のビラは、「浅草商工会は一〇〇〇名を超える団体に発展し」と述べており、これを原告の主張と結びつけると、原告の会員数は昭和三九年に約九〇〇名、同四一年にはこれが六〇〇名を割り、翌同四二年ないし同四三年には一〇〇〇名を超える結末となったというのであり、極めて不自然な推移であるというべきである。

仮に、右会員数の推移が真実であるとしても、原告が民商攻撃であると主張する浅草税務署長らの所為(原告会員らに対する調査、更正等)は、右会員数の異動があった期間中も継続されていたのであるから、右会員数の減少と浅草税務署長らの行為との間に相当因果関係はないものというべきである。

また、仮に本件各文書送付を契機に相当数の会員が原告から脱会した事実が存したとしても、それは、右脱会した会員が本件各文書の内容を理解し、自らの判断によって脱会したものと推認されるところ、本件各文書の内容には、何らの不法不当ないしは真実に反する点はないというべきであるから、結局右原告の主張は失当である。

(二) 原告は、浅草税務署長が行った本件各文書送付により原告の名誉権が侵害されたと主張する。

しかしながら、本件各文書送付は、税務署長の適法な職務行為として行われ、その内容は真実かつ妥当なものであって、何ら原告の名誉を不法不当に侵害するものではない。

仮に、本件各文書の文言が原告の名誉ないしは信用を毀損するものであるとしても、自己の正当な利益を擁護するためやむを得ず他人の名誉、信用を毀損するような言動をしても、かかる行為がその他人が行った言動に対比してその方法、内容において適当と認められる限度を超えない限り、違法性を欠くものである。この理は、法令に基づく行政上の職務執行の場合においても、これを妨害する者の違法不当な言動から適正な職務執行を擁護しなければならない要請は、右職務執行の公共性からしても否定できないから、私人の行為による名誉、信用の毀損の言動の場合のみならず、行政上の職務執行上の言動についても妥当する。本件においては、原告がその機関紙、ビラ等の配布により、会員及び一般納税者に対し、税務行政に関して誤った広報宣伝活動をしたり、浅草税務署に何回も集団抗議を行ったり、会員に対する税務調査に原告の事務局員らを立会わせたりして、浅草税務署長の行う適正な税務行政の執行が阻害される事態が存したことが明らかであるから、右事実の存在と本件各文書の内容との比較衡量において、右の理が妥当するものというべきである。

四  被告の主張1に対する認否

1  被告の主張1(一)の事実のうち、原告が全商連に所属していること、全商連の目的、業務内容(ただし、記帳代行の点は除く。)及び木村長官が通達を発したことは認めるが、その余は否認する。

2  同(二)の事実について(1)のうち、森島茂、田中俊郎、山口好雄、田中益治方への臨店調査は認めるが、その余は不知又は否認する。(2)は不知又は否認する。(3)のうち、昭和四一年一〇月と同年一二月に更正理由を明らかにしてもらいたい等の理由で出向いたことは認めるが、その余は争う。(4)のうち、ビラ等の配布は認めるが、これらが悪宣伝であったとの点は争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五ないし第七号証、第八号証の一ないし三二、第九号証の一ないし四三、第一〇号証の一、二、第一一号証、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし一三、第一四、第一五号証の各一ないし三及び第一六号証の一、二

2  証人川俣晶三、同佐藤武及び同田中俊郎

3  乙号各証の成立(第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第七、第八号証については原本の存在を含めて)をすべて認める。

二  被告

1  乙第一ないし第三号証、第四、第五号証の各一、二、第六号証の一ないし三及び第七、第八号証

2  証人長谷川久一、同森山政邦、同渡辺浩治、同代田明、同佐藤清秀、同池田信一、同金坂照男、同松島醇、同竹渕武之及び同小林松夫

3  甲第一ないし第三号証、第五ないし第七号証、第八号証の一、七、八、一八及び第一〇号証の一、二の成立(第八号証の七、八については原本の存在を含めて)は知らない。その余の甲号各証の成立(第八号証の二四ないし二六、三二、第一一号証、第一四、第一五号証の各一ないし三及び第一六号証の一、二については原本の存在を含めて)は認める。

理由

一1  証人川俣晶三及び同佐藤武の証言によれば、次のような事実が認められる。

原告は、中小商工業者の営業と生活を守るため、昭和二四年一〇月台東生活擁護同盟浅草支部を母体として結成された団体で、いわゆる権利能力なき社団であり、昭和二六年全商連結成と同時に加盟して現在に至っている。そして、結成以来一貫して右目的を達成するため、税制改革、税務行政の民主化及び経営、金融面における諸活動に主として取り組んできた。右のうち、税務行政の民主化に関する原告の基本的考え方及びその具体的活動は次のとおりである。すなわち、税務調査に際しては、事前連絡並びに調査理由及び内容の明示をすることが必要であり、調査の理由及び内容が具体的に特定されていない場合には、質問検査権の行使とはいえないから調査に応ずる必要はなく、また、特定された場合にも、調査はその範囲内にとどまるべきである。さらに、納税申告書を提出している者は、納税申告によって税額が確定しているから、本人の同意なしに反面調査をすることは適法な質問検査権の行使に該当しないし、更正があった場合には、青色申告の承認を受けていなくとも当然に納税者の権利として更正理由の開示を求めることができる、という税法解釈の下に、実際の税務調査に際しても、右の点を強力に主張し、かつ、相互研究又は横暴な税務調査の規制のためにできるだけ多くの事務局員及び会員が税務調査に対し積極的に立ち会うように指導していた。さらに、会員の税務対策として、確定申告書の作成につき、各会員に対し相談、指導をし、一部会員に対しては、原告の事務局に関係書類を預かり、確定申告書の作成をしていたものもあった。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法第六三条及び右改正後の所得税法第二三四条第一項各所定の「所得税に関する調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する税務職員において具体的事情にかんがみ客観的な必要性があると判断される場合をいうところ、いわゆる事後調査に際しては、広く申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合も含まれると解すべきであり、質問検査を実施する日時、場所の事前通知や調査の理由及び必要性の具体的、個別的な告知は、質問検査権を行使する上での法律上一律の要件とされているものではなく、当該税務職員の合理的な裁量、選択に委ねられているものと解すべきである。右の理由は、反面調査においても同様であり、必ず事前に納税義務者の承諾を必要とすると解すべきものではない。また、税務調査に対する立会いも当然に認められるべきものではなく、当該税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解される。さらに、いわゆる白色申告者に対しては、更正の通知書にその理由を附記しなければならないとする法律上の根拠はなく、他にその理由を開示しなければならないとの趣旨の規定もないから、更正の理由開示を要求する法律上の権利が認められているとはいえない。

以上によれば、前記原告の基本的な主張であり、かつ、その行動指針として各会員に指導していた税法解釈は、必ずしも適切妥当なものとは言い難く、原告の独自な解釈と言わざるを得ないところである。

2  成立に争いのない乙第六号証の一ないし三によれば、昭和三七年五月から同四〇年二月まで国税庁長官の職にあった木村秀弘は、各地において税務署職員と民商との間で質問検査権の行使をめぐる紛議が多発し、民商会員に対する調査を途中で打ち切るといった事態に至っていたため、昭和三八年五月頃、専ら民商会員を念頭に置き、各国税局長宛に、調査妨害等があっても中途半端に調査を打ち切ることなくその目的を達成すること、納税者の協力が得られない場合には反面調査等で資料を収集すること及び民商事務局員、会員等の立会いは原則として認めないこととの内容の通達を発した(木村長官が通達を発したことは、当事者間に争いがない。)ところ、右通達は、殊更に民商に不当な圧力を加えることを目的としたものではなく、国税庁長官として管下税務職員に対しその職務執行上の心得を指示するとの趣旨であったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  なお、原告は、昭和三八年以前は、原告と税務当局とは極めて友好的な関係にあり、会員に対する税務調査に対しては事前連絡がなされ、事務局員等の立会いもむしろ歓迎され、更正もいきなりされることはなかったと主張し、前掲証人川俣晶三及び同佐藤武の各証言中には右主張にそう部分も存するが、証人竹渕武之及び同小林松夫の各証言に照らしたやすく採用できない。

二1  浅草税務署長が昭和四一年二月二五日頃に本件第一文書を、同四二年二月二八日頃に本件第二文書をそれぞれ送付したことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、右本件第一文書は、原告が前後の関連から税理士法に違反しているかのような表現を用い、原告の事務局員等が調査の引き延ばしや嫌がらせを行ったと全く事実でないことを書きたてて原告を中傷し、原告の会員に脱会を示唆していると主張する。

そこで、まず本件第一文書を送付するに至った経緯について検討する。

(一)  原本の存在及び成立に争いのない乙第二、第三号証、前掲証人川俣晶三、同佐藤武、証人竹渕武之、同池田信一、同代田明、同佐藤清秀、同金坂照男及び同田中俊郎の各証言(ただし、証人川俣晶三、同佐藤武及び同田中俊郎の各証言のうち、後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四〇年八月頃、浅草税務署の係官佐藤清秀が所得税調査のため、事前の約束に従い、原告の会員である靴板型業森島茂方へ臨店したところ、その頃原告の会員三名と共に来店した原告の事務局員兵頭稔が、税務署に出ている資料を見せるよう要求する等したため、調査は不可能となった。そこで反面調査に移ったところ、右森島は、抗議の電話をかけてきた。

また、同年九月初め頃、浅草税務署の係官池田信一が所得税調査のため、事前連絡をして、原告の会員である皮革コバスキ業田中俊郎方に臨店したところ、右田中は、反面調査をやめるよう抗議したうえ、表に浅草税務署係官が調査中であるから急な仕事は引き受けられない旨の貼紙をした。さらに、見学と称して、原告の事務局員兵頭稔や会員らが多数立会いを要求したため、右池田係官が退席を求めたが、右田中はこれに抗議し、さらに右兵頭らも調査をやめるよう要求したため、調査続行は不可能となった。

(2) 同年八月頃、浅草税務署の係官代田明が所得税調査のため、原告の会員である婦人靴製造卸売業加藤浩左方へ、同人から連絡のあった日に臨店し、帳簿等の提示を要請したが、請求書以外は無いと答えるのみで提示に応じないので、反面調査を実施したところ、原告の事務局員兵頭稔から、反面調査を継続する場合には事務局の方でもそれ相当の処置を講じる旨の電話があり、その後原告の事務局長川俣晶三らが来署して抗議した。

また、同年九月から一〇月にかけて、浅草税務署の係官金坂照男が原告の会員である婦人靴製造卸業の佐藤喜成に対し、所得税調査を実施したところ、福島の方に工場があることが判明したので、右工場を管轄する相馬税務署長に調査依頼をした。すると、まもなく、右佐藤は、電話で抗議してきた。

(3) 同年一〇月及び一一月に、原告は、民商加入勧奨等を目的としたビラを配布したが、その中には、税務署は納税者の権利を無視した不当な強権調査を行っているうえ、今後も必要があればどんな調査でもやると公言し、納税者に挑戦しています、とか、浅草税務署は売上税を設けるための地ならしを目的として青色申告を強要しているとの内容の記載があった。

(4) また、原告は、確定申告書提出間際になって、原告の事務局員、役員又は会員が他人の確定申告書を何通も持参して提出するということがあったところ、右申告書には、所得金額の記載しかなかったり、必要書類の添付がなかったりすることが一般納税者に比して多く、かつ、原告の会員は、比較的納税相談に来署する者が少なかったため、確定申告にあたっては原告の各会員と個別に納税相談をする必要性が高く、かつ、右一括申告の事実及び各会員に対する税務調査において、確定申告の計算は原告の事務局員にやってもらったとか、資料は預けてあるとかの返答も存したところから、浅草税務署では、原告の事務局などの指導でそのような事態が生じているのではないかとの疑いを抱いていた。

(5) 浅草税務署長は、東京国税局直税部所得税課と相談のうえ、昭和四一年二月二五日頃原告の会員であることが判明していた約二〇〇名に本件第一文書を送付した(右文書を送付したことは、当事者間に争いがない。)ところ、その目的ないし趣旨は、右のように昭和四〇年八月以降税務調査の立会い及びそれによる妨害等が激しくなって適正な税務運営が阻害され、公平な課税の実現を期することができなくなるおそれがあり、さらに右により税務職員の士気にも影響がみられるようになったと判断されたため、原告の会員に納税相談に来署してもらって適正な申告を要請しようとするところにあった。

以上の事実を認めることができ、証人川俣晶三、同佐藤武、同田中俊郎の各証言のうち右認定に反する部分はこれを採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

(二)  以上認定したところによれば、原告の事務局員等による一括申告の事実や原告の会員に対する税務調査の妨害等の事実から、公平な課税の実現を期することができなくなるおそれ等があると判断されたため、特に原告会員に対し、正しい税務知識を広めると共に、納税相談のための来署を要請する必要性があったものと認められる。そして、その目的のために本件第一文書が送付されたのであって、それ以上の他意があったことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、本件第一文書の送付が原告の組織を破壊ないし弱体化する意図のもとになされたと目しうる事実を認めるに足りる証拠もない。

また、本件第一文書の内容も、原告が税理士法で禁止されている職業的な納税相談又は申告書の作成をなしていると断定しているものではなく、確定申告書が一括提出されていること等から、右のような点についての注意を喚起したものにすぎないし、前判示のように、会員に対する税務調査につき障害が生じていたのであるし、かつ、右障害の生じた原因が原告の採用していた前記税法解釈に基づくものであることからすれば、原告の事務局員等を会員に対する税務調査及び納税相談に立ち会うことを認めることにより新たな紛議、混乱が発生することを防止するため、原告会員の納税相談において原告事務局員等の立会いを一律的に認めないこととするのも、税務職員の合理的な裁量の範囲内というべきであり、原告の結社権を侵害するとまでいうことはできない。

ところで、課税権の適正、円滑な行使のため、法令の解釈等を示して納税者の理解を深めようとすること等も税務署長の権限に属するものであるところ、本件第一文書はその内容において原告及びその活動に対する消極的評価を含むにしても、前判示の諸事情を考慮すれば、違法とまですることはできないし、かつ、その送付も具体的な必要性に基づき、相当な範囲内でなされたものというべきであるから、税務署長の右権限を超える違法な行為であるとはいえない。

したがって、本件第一文書の送付には、原告主張のような違法な点はないというべきである。

3  次に、原告は、本件第二文書は、原告の会員等が他税務署管内で起こった「暴行事件」と同じような法律の秩序を乱す行為をしているかの如く印象づけ、原告からの会員の離反をねらって作成された文書であると主張する。

そこで、本件第二文書を送付するに至った経緯について検討する。

(一)  成立に争いのない乙第五号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第一四号証の一(後記採用しない部分を除く。)、乙第一号証、第四号証の一、二、第七号証、前掲証人川俣晶三、同佐藤武、同田中俊郎、同代田明、証人小林松夫、同渡辺浩治及び同森山政邦の各証言(ただし、証人川俣晶三、同佐藤武及び同田中俊郎の各証言中後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四一年六月、浅草税務署の係官代田明らは異議申立ての審理のため、前記田中俊郎方に同人から連絡があった日に臨店したところ、同人及び原告の事務局員兵頭稔らが種々抗議してきたため、調査は不可能となった。

また、同年七月下旬、浅草税務署の係官渡辺浩治と同森山政邦が原告の会員である荷造材料業大島英一方に所得税調査のため臨店したところ、請求書の一部しか提示がなかったため、反面調査に移った。そして同年八月下旬頃、同人と関係があると思われる大川国夫方に連絡をして臨店したところ、原告の事務局員佐藤武、同会員神木イ弋及び右大島が来ており、口々に抗議してきたため、当日の調査は不可能となった。

同年八月上旬頃、浅草税務署の係官長谷川久一が所得税調査のため、事前連絡なく原告の会員である服装バンド加工業山口好雄方に臨店し調査をしていたところ、原告の事務局長川俣晶三及び同会員田中俊郎が来店して抗議したため、調査続行は不可能となった。

(2) 原告は、その会員等に配布した同年八月二二日付の機関紙「新生」において、原告の副会長丸田喜三郎名の「税務署は国民の権利を守る為の法律もへったくれもなく………取るためには手段を選ばぬ。これが今のやり方です。」との記事を掲載した。

(3) 同年六月原告の副会長丸田喜三郎、同事務局長川俣晶三、同会員田中俊郎ら四名は、同年三月になされた右田中に対する更正の理由の開示を求めるため浅草税務署に赴き、二、三〇分にわたり右理由の開示を要求した。

同年一〇月原告の会長阿部恒二、同副会長丸田喜三郎、同事務局長川俣晶三ら約四五名で、従来の慣行に著しく反する税務調査等が行われているとの認識の下にその中止を求めるため、集団で浅草税務署に赴いた。税務署では署長面会を要求し、不在とする税務署側と一時間以上にわたり押し問答を続けた後退去したが、その際次のような「申入書」を差し置いていった。すなわち、その一面には、〈1〉事後調査に当たり、納税者の自主申告権を理由なく否認して、本人の承諾なしに得意先や銀行調査を実施するという不法な調査のため、営業権等が踏みにじられている、〈2〉税務署は、法定外の義務なき資料の提出を強要している、〈3〉事後調査に当たって税務署職員が原告を赤い団体だ、とか民商をつぶしてやるとか放言した、との記事が掲載され、他面にも同趣旨の記事が掲載されていた。

同年一二月に、原告の会員山口好雄、同辰馬喜三郎ら八名が同人らに対する更正の理由の開示を要求して突然来署した。

そして、右原告の役員、事務局員及び会員らの集団での来署は突然であるうえ、署内で大声を出す人がいたり、長時間にわたったりしたため、何度か税務職員の仕事がこれにより妨害された。

(4) その頃、川崎北税務署管内や荒川税務署管内で民商会員が所得税調査を行っていた税務職員に暴行を別えたとして起訴されたという事実があった。

また、当時各地の民商に対しては、その上部団体から調査心得一〇箇条というものが出されていた。

(5) 浅草税務署長は、東京国税局直税部所得税課と相談のうえ、昭和四二年二月二八日頃原告の会員であることが判明していた三〇〇名ないし四〇〇名に本件第二文書を送付した(右文書を送付したことは、当事者間に争いがない。)ところ、その目的ないし趣旨は本件第一文書と同旨であった。

以上の事実を認めることができ、甲第一四号証の一の記載並びに証人川俣晶三、同佐藤武及び同田中俊郎の証言のうち右認定に反する部分はこれを採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

(二)  以上認定したところによれば、本件第二文書送付前の状況も本件第一文書送付前のそれと基本的には変化がなく、特に原告会員に対し、正しい税務知識を広報すると共に納税相談のための来署を要請する具体的な必要性が認められ、その目的のために本件第二文書が送付されたものであることは、本件第一文書について述べたところと同一である。

本件第二文書の内容については、他税務署管内で民商会員による暴行事件が起訴されたということを記載しているのであり、原告がそのような暴力行為を行っているというような趣旨の記載までも含むものではないが、民主商工会全体として非難の対象とされているかのような印象を受けないではない。しかし、前判示のような事情を考慮し、さらに、浅草税務署管内においても、税務調査の立会い等をめぐり原告と税務当局との間でトラブルが多発していたところ、原告がその活動の基礎としていた税法解釈は、前記のとおり必ずしも適正なものとは言い難く、税務調査を妨害する事例もあったこと、したがって、同署管内でも同種事件の発生が予想されえない状態ではなかったことなどを考慮すると、右本件第二文書の記載内容に違法性はないと解するのを相当とする。

したがって、本供第二文書の送付は、その必要性に基づき、相当な手段でなされた税務署長の権限内の適法な行為であるから、原告主張の違法な点はないというべきである。

三  原告は、浅草税務署長及び同署員が昭和四〇年八月頃から同四二年一一月頃までの間に、いずれも原告の会員に対し原告の組織破壊ないし弱体化を目的として違法な脱会工作を行ったと主張する。

1  まず、原告は、浅草税務署の係官が原告の会員又は役員である神木イ弋、同田中功及び同斉藤隆に対し、民商をやめれば調査に手心を加えてやるがやめなければ店をつぶしてやる等の暴言を吐き同人らの脱会を半強制した結果、右神木及び斉藤は脱会したと主張し、前掲証人川俣晶三及び同佐藤武の証言によれば、右脱会の事実が認められ、さらに同人らの各証言中にはその余の右主張にそう趣旨の部分も存在するが、右各証言はいずれも伝聞であり、前掲証人渡辺浩治及び同森山政邦の各証言に照らしたやすく採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  次に、原告は、請求原因3(二)(2)記載のその余の会員らに対する税務調査及び更正等も、調査の必要性がないにもかかわらず、原告の会員であるとの理由のみで調査対象に選定し、従来確立されていた事前通知や立会い等の慣行を一方的に破壊する強圧的、権力的な態様による調査であり、一方的な反面調査によるいい加減な更正が乱発されたものであるところから、その真の目的は原告の組織破壊ないし弱体化にあったことは明白であると主張する。

前記認定によれば、原告は、昭和二四年に結成以来一貫して税制改革、税務行政の民主化の要求等に取り組んでおり、現行の立法、行政に対し批判的立場から活動をしていたところ、昭和三八年五月頃、木村長官は、専ら民商会員を対象とし、調査妨害等があってもその目的を達成すること、納税者が非協力的な場合には反面調査等で資料を収集すること、会員等の立会いは原則として認めないこと等と通達を発し、浅草税務署長も昭和四一年二月二五日頃原告の会員宛に送付した本件第一文書において原告が「税務調査に介入することを認めない方針」で「納税相談においても事務局員等の立会いは認めない」ことを明らかにしていた。そして、右通達が出された後は、税務調査等に関して民商との間でトラブルが多発していることからすれば、一般的にそれ以前に比して原告会員に対する税務調査の密度が濃くなったことが推測される。

さらに、成立に争いのない甲第八号証の五、二七、第一三号証の一ないし三、七ないし九、前掲証人川俣晶三、同佐藤武、同竹渕武之、同小林松夫、同代田明及び同渡辺浩治の各証言を総合すると、浅草税務署が作成していた所得税調査カードにおいて原告会員には〈民〉との印が付けられていたこと、原告の会員に対する税務調査は、同署所得税課第三係が担当することが比較的多かったこと、原告の会員に対する税務調査においては、第一回目においてはほとんど事前連絡なく臨場していたこと、昭和四〇年八月以降税務調査が行われた以後、原告の会員であった神木イ弋、同斉藤隆、同田中徳次郎、同高橋清郎(又は清)、同加藤浩左及び森島茂らが脱会したこと、原告の会員である山口好雄、同辰馬喜三郎、同只内徳一及び同明石光夫に対し更正がなされ、そのうち只内及び明石についてはその後審査裁決により更正が一部取り消されたこと、原告の会員である清水吉一は、青色申告の承認を受けていたところ、右承認が取り消されたが、その後審査裁決により右承認取消処分が取り消されたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、木村長官が前記通達を発した当時及び浅草税務署長が本件第一文書を送付した当時は、民商事務局員や会員等の立会いにより税務調査が円滑に行われないことが多かったのであるから、その立会いを原則として認めないこととしても、当時の状況を前提とすればいまだ違法といえないこと前記のとおりであり、また原告会員に対し税務調査の事前連絡をした場合には、原告においては税務調査の立会いを積極的に指導していたこともあって、事務局員等が立会いを要求し、調査の円滑な進行が図れないおそれが生ずることも推認されるところであるから、右事前連絡をしなかったことをもって、いまだ違法とまではいえない。なお、従前事前連絡や立会いを認める確立された慣行が存在していたことを認めるに足りないことは前記のとおりである。さらに、前記山口好雄、辰馬喜三郎、只内徳一及び明石光夫に対する更正及び清水吉一に対する青色承認取消処分がいずれも他事考慮に基づくものであることをうかがわせるに足りる証拠はない。

原告は、昭和四〇年八月頃、その会員である大島英一及び田中俊郎のそれぞれの取引先に対し強力かつ執拗な調査をしたため、その取引先を失わせ、右田中の私生活にわたることまで調査をして田中の名誉を侵害したと主張する。

そして、強力かつ執拗な反面調査をしたとの主張にそう証拠として前掲証人川俣晶三、同田中俊郎の各証言が存するが、その具体的態様等も全く不明であり、他に原告の組織破壊等を目的とした調査であることをうかがわせるに足りる証拠はない。また、前掲証人川俣晶三、同田中俊郎及び同代田明の各証言によれば、右田中俊郎に対する更正(昭和四一年六月)についての異議審査において浅草税務署の係官代田明が右田中の近所の電気器具店及び酒屋を調査したことがあるが、それは右田中の取引先から受領した小切手が右電気器具店及び酒屋にまわっていたのでその調査をするためであったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない(なお、昭和四〇年八月頃に右のような調査が行われたことを認めるに足りる証拠はない。)。してみれば、右調査が違法不当な行為であったとはいえない。

原告は、その会員である田中徳次郎、同高橋清郎(弁論の全趣旨により高橋清と同一人物と認められる。)及び同明石光夫に対する税務調査において、本人が調査を拒否していないのにいきなり反面調査にかかったうえ、右高橋の取引先において同人が民商に入っているのを知っているか等調査に関係のないことを言い触らしたと主張する。しかしながら、反面調査は、諸般の事情にかんがみ客観的な必要性があり、かつ、社会通念上相当な限度にとどまる限り、その時期、程度については権限ある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられていると解すべきであるところ、これを本件についてみると、原本の存在及び成立に争いのない甲第一六号証の二及び前掲証人川俣晶三、同佐藤武の各証言中には、前記原告主張にそう部分が存するが、右田中及び高橋に関する証人佐藤武の証言は、具体的状況が不明確であるうえ、前掲証人森山政邦の証言に照らしにわかに採用しがたく、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。右明石については、前掲証拠及び原本の存在及び成立に争いのない乙第七号証を総合すると、浅草税務署係官長谷川久一は、右明石に対する税務調査のため昭和四一年一二月一二日事前連絡なく同人方に臨店し、帳簿書類の提示を要請したところ、同人は、「急ぎの仕事があるから二〇日過ぎにしてくれ。」などと答えるのみで帳簿書類の提示をしなかったことが認められ、右認定に反する前記甲第一六号証の二は、これを採用することはできない。してみれば、右明石の態度のみをもって直ちに調査拒否と認められないとしても、前記状況を総合判断すれば、反面調査をしたことが合理的な選択、裁量の範囲を逸脱しているとは認められない。

原告は、昭和四一年八月、会員山口好雄に対する税務調査が調査でないと欺いてなされたと主張し、前掲甲第一四号証の一、前掲証人川俣晶三、同田中俊郎の各証言中には、右主張にそう部分が存するが、前掲証人長谷川久一の証言に照らし、にわかに採用しがたく、他にそのような事実を認めるべき証拠は存在しない。

その他原告が原告の組織破壊ないし弱体化を目的とする浅草税務署長ないし署員の行為として主張するところは、いずれもこれを認めるに足りる証拠は存在しない。

さらに、原告は、その会員数は昭和三九年には約九〇〇名弱であったが同四一年から四二年にかけては約六〇〇名弱に減少したと主張し、前掲証人川俣晶三及び同佐藤武の各証言中には右主張にそう部分も存するが、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七号証はその記載内容から本訴が提起された昭和四三年六月一三日の後間もなく原告が発行したビラと認められるところ、右ビラには、原告は「台東区内で、一〇〇〇名を越える団体に発展し」たとの記載があることに照らし、たやすく採用しがたいし、仮に会員数の減少があったとしても、それが浅草税務署の原告に対する態度に基因するというような事実を認めるべき証拠は存在しない。

右のとおりであるから、前記事実によってはいまだ原告主張の事実を推認することはできないといわざるをえない。

四  以上の事実によれば、本件各文書の送付及び税務調査等に原告が主張する違法の瑕疵は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 揖斐潔 裁判官原健三郎は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 藤田耕三)

別紙一

拝啓

早春の候ますます御健勝のことと存じます。

本年もいよいよ昭和四〇年分所得税の確定申告をしていただく時期になりました。この確定申告は昭和四〇年中のあなたの所得について申告をし、あわせて納税をしていただくものでありますが、所得の計算や申告書の書き方等はかなり面倒なものであります。

このため税務署では申告書に説明書をつけてお送りしましたが、さらに必要な説明会を開催したり、個別にお目にかかり確定申告についておわかりにならない点の御相談に応じたりしております。

さて、あなたの加入しておられる浅草商工会は、従来この時期に多くの会員の申告書を一括して提出してきましたが、正規の税理士でない者が職業的に納税相談を行なったり、申告書の作成を行なったりすることは、税理士法で禁止されているところであります。

また同浅草商工会は、従来、税務署の調査に事務局員等が立会い調査の引きのばしやいやがらせなどを行ないました。

このような事情から、当署は、同浅草商工会が税務調査に介入することを認めない方針をとっており、今回の納税相談においても事務局員等の立会いは認めないこととし、納税者の皆様と個々にお話しすることとしております。

税務署が納税の御相談に応ずるため、来署をお願いしているのは納税者の方のいろいろな事情等をお伺いして申告に間違いのないようにするためでありますから、今後税務署から納税相談のための通知がとどきましたら、あなた御自身がおいでになってこの機会を進んで御利用下さるようお待ちしております。

税務署は課税の公平と適正な税務行政を行なうために一生懸命努力していますがそのためには納税者の御協力を得ることが是非とも必要であり、確定申告を控えてあらためて皆様の御協力をお願いいたします。

敬具

昭和四一年二月二五日

殿

浅草税務署長

別紙二

本年も、いよいよ昭和四一年分所得税の確定申告をしていただく時期になりました。この確定申告は、昭和四一年中のあなたの所得について申告をし、納税をしていただくものであります。お忘れなく三月一五日までに申告と納税をして下さい。もし、所得の計算方法や申告書の書き方についておわかりにならない点がありましたら、いつでもお気軽に税務署の所得税係にご相談下さい。

皆さんご承知のように、税務調査は法律に基づいて行なっているものです。

ところが、最近川崎北税務署や東京の荒川税務署の管内では、民主商工会の会員や事務局員が、所得税調査を行なった署員に暴行を加えるなどの妨害をいたしました。もち論、当局としては告発し司直の裁きをまつこととしておりますが、このやうなことが民主商工会の会員や事務局員の手で行なわれていることは、法治国家である日本国の国民として誠に残念なことです。

どうか皆さんには、法律の秩序を乱すような行為などに惑わされないやう、良識をもって、確定申告をされるよう切望してやみません。

本年から、納税者の皆様がたからご要望の強かった三税申告の一本化を実現し、所得税の確定申告書を提出するかたは、事業税および住民税の申告書を提出する必要がなくなり、申告手続が非常に簡略化されております。国民生活の基盤をになう税務行政を一層円滑にすすめていくため是非皆さまの正しいご理解とご協力をいただきたいと思います。

昭和四二年二月二八日

殿

税務署長

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